猫の本棚名作紹介ブログ

古今東西の名作を日々の雑感もまじえ紹介します。読書で人生を豊かに。

『ミドルマーチ 4』ジョージ・エリオット 

 

■ミドルマーチ 4■  全4巻 1871-1872

ジョージ・エリオット 作

 

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『ミドルマーチ』は群像劇だが、主人公はドロシアと言ってよいだろう。彼女は困っている人を放っておけない、正義感が強い女性だ。情熱的な性格でカッとなりやすく猪突猛進するが細やかな気遣いもできる決断力・実行力、そして資産もある人物だ。

実在の人物で真っ先に思い浮かぶのは、マザー・テレサ(コルタカの聖テレサ)。今一度読みとばしたプレリュード(1巻)を読むと、教団の改革に情熱を傾けたアビラの聖テレサ(1515ー82)の人生について言及している。そして情熱や才能は持っているけれども社会の壁にあたり空しい人生を送る多くの女性についても。

 


作者がペン・ネームに男性名を用いているのは、そんな障壁を乗り越えるためなのだろうか?

 


***

▶︎自己破産寸前のリドゲイトと未必の故意殺人を犯すバルストロード

 


リドゲイトはロザモンドの浪費による借金で、自己破産寸前まで追いやられる。

バルストロードは、過去の悪事を知っており自分を繰り返しゆすりにきたラッフルズが倒れたので看病する。往診してくれたリドゲイトの2つの指示(阿片の服用方法と酒を飲ませないこと)にそむくことになり、結果的にラッフルズは死にいたる。明確な殺意があったわけではないが、このまま死んでくれたらよいのにという思いがあったことは否定できない。

 


しかし、バルストロードに平安は訪れずさらなる地獄が待ち受けていた。彼の過去の悪行とラッフルズ殺人の噂は町中に広がった。彼は法的には裁かれなかったが、地位も名誉も失う。

 


彼から融資を受けたリドゲイトまで世間から疑いの目が向けられる。

 


▶︎ラディスローとロザモンドの不倫疑惑に対し動揺するが対峙し、リドゲイトを救おうとするドロシア

 


ドロシアは、リドゲイトの無実を晴らそうと奔走する。

 


リドゲイトの妻ロザモンドは自己中心的で人を思いやることができない性格。穏やかだが非常に頑固。ロザモンドの贅沢のため生活は困窮する。夫婦仲が冷え切ったため、以前から音楽という共通の趣味があり仲のよいラディスローが心の拠り所になる。

 


2人の親密な様子を見てラディスローに思いを寄せているドロシアは動揺するが、個人的感情よりも使命感のほうが打ち勝つ。リドゲイトが断じて殺人に加担するような人ではないとロザモンドに切々と説明する。ロザモンドはラディスローから君のことは好きではないとキッパリ言われ、生まれて初めて打ちのめされる。ドロシアの真摯な説得もあり改心し、夫婦の危機を乗り越える。

 


▶︎妻の鑑のようなバルストロード夫人

バルストロードの後妻ハリエットは、ヴィンシー市長の妹、ロザモンドの叔母にあたる。バルストロードが殺人を犯し、法的には裁かれなかったものの世間から抹殺された身になり、妻は衝撃を受けるが、姪のロザモンドとは違って健気にも夫を支え続けようと決意する。

 


▶︎ドロシアはラディスローと結婚

小説はフィナーレに向かう。

妹夫婦をはじめ、周囲はこの結婚を快く思わなかった。ドロシアが結婚すると、遺言により亡夫の遺産は受け取れない。家財産を持たないラディスローとの結婚すれば裕福ではなくなるが、ドロシアはそんなことは意に介さない。

 


登場人物たちは皆、試練を乗り越え新たな人生に歩を進める。

 


#ミドルマーチ

#エリオット

#廣野由美子 訳

#光文社古典新訳文庫

#イギリス文学

#女流作家

『ミドルマーチ 3』 ジョージ・エリオット

隙のない綿密なプロットで、さらにどの登場人物も丁寧に心理描写されているので、嫌な人物でさえその行動に共感できないまでもある程度納得してしまう。

現在放送中の大炎上している朝ドラの制作者に見習ってほしい素晴らしいドラマ。

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第5部 死の手

 


リドゲイトの治療方針と彼の態度はミドルマーチの医師たちの嫉妬と反感を買った。

新妻ロザモンドは、夫が医者でなければよかったのにと思うことがよくある、と言ってリドゲイトを困惑させる。

 


ラディスローはブルック氏の『パイオニア』新聞社で編集者として働いているが、画業には未練がないようで、反骨精神で社会的意識を高めている。また、彼はリドゲイトとよく気が合い、リドゲイト宅に遊びに行き、ロザモンドと一緒に歌を歌ったりしていた。

 


ラディスローは、ドロシアへの思慕を彼女の夫カソーボン氏に気づかれ、カソーボン邸を出入り禁止にされていた。しかし、どうしても彼女に会いたいと思い教会に行く。

 


ドロシアは夫とともに教会に現れたが、カソーボン氏はラディスローを無視し、和解は遠のいた。

 


カソーボン氏の容態は悪化し死亡する。

彼はドロシアに自分の死後ラディスローと再婚しないことが遺産を相続する条件であると遺言した。ドロシアは夫に幻滅すると同時に、ラディスローへの自分の気持ちに気づく。

 

 

 

ブルック氏は選挙法改正法案が争点になっている国会議員選挙に立候補した。ラディスローは選挙参謀となり政見演説や討論会のスピーチライターとして辣腕をふるう。

だが、ブルック氏は選挙演説で記憶が飛んでしまい、惨憺たる結果だった。

ラディスローはブルック氏を見限り、他所で実力をつけ出世し5年経ったら戻ってきてドロシアに求婚しようとミドルマーチを去りロンドンに行くことを決意する。(しかし、なかなか立ち去ろうとしない。)

 


カソーボン氏亡き後、フェアブラザー牧師がローウィックの牧師館を引き継ぎ二つの教区を受け持つことになり経済的にも余裕ができる。フェアブラザーの母や姉は、彼にメアリ・ガースと結婚をすすめる。しかし、メアリ・ガースは幼なじみのフレッドを愛している。

そんな時にフレッド・ヴィンシーが学位をとり帰ってきて、気がすすまないがほかにやることが見つからないから牧師になりたいというが、どう考えても向いていない。結局ケイレブ・ガースの仕事を手伝うことにする。さすがのガース夫人も、メアリがフェアブラザーを選ばず頼りないフレッドを選んだことに落胆し、フレッドに嫌味を言うのだった。

 


第6部 未亡人と妻

 


ロザモンドは夫が誇りを持っている医師という職業にまったく関心がなく、貴族に憧れている。リドゲイトの親戚の男爵と乗馬を楽しみ、その時の事故がもとで流産してしまう。贅沢も相変わらずで、借金が嵩みリドゲイトは家財道具や宝石を売り払う決意をする。ロザモンドは父ヴィンシー氏に金の無心にいくが、貸す余裕はないと断られる。

 


銀行家バルストロードの過去の秘密を知るラッフルズという男(故フェザストーンの愛人の夫)が現れ、バルストロードをゆすり始める。

孤児だったバルストロードは金持ちのダンカーク氏と知り合い、質屋経営を任され、ダンカーク氏亡きあとダンカーク夫人と最初の結婚をする。ダンカーク夫人には前夫との間に家出した娘と亡くなった息子がいた。家出した娘は実は見つかっていたが、バルストロードはそのことを妻に隠していた。その妻は5年後に亡くなった。妻の財産は家出した娘が相続すべきであったが、バルストロードはそれを隠し、自身が相続した。

バルストロードは良心の呵責に苛まれ、ラディスローを呼び出し告白する。家出した娘は実はラディスローの母親だった。母親はすでに亡くなっており、バルストロードはラディスローに償いをしたいと財産分与を申し出るが、ラディスローは、不正に築いた財産など受け取れない、と拒否する。

 


ラディスローは一回別れの挨拶にドロシアのもとを訪れているが、再度挨拶に訪れる。ロンドンに行くと宣言してから、2ヶ月もうろうろしているので、ドロシアの妹の夫サー・ジェイムズ・チェッタムからは胡散くさい男と思われている。ラディスローとドロシアは互いの気持ちを知りたいと思うが、2人とも本心を押し隠し別れるのだった。

 


#ミドルマーチ

#エリオット

#廣野由美子 訳

#光文社古典新訳文庫

#イギリス文学

#女流作家

『ミドルマーチ 2』ジョージ・エリオット作

■ミドルマーチ 2■  全4巻 1871-1872

ジョージ・エリオット 作

 


第3部 死を待ちながら

 


第4部 三つの愛の問題

 


遺産相続のドロドロな展開。ベタな題材であっても、相続争いは面白い。奇妙な容貌の隠し子まで現れて‥‥。

そして3組のカップルの愛の行方は?

 

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第3部 死を待ちながら

 


第23章

工場主であり市長ヴィンシー氏の長男フレッドは借金問題を抱えている。

資産家の伯父フェザストーンが死んだら自分のものになるだろう遺産をカタに借金しているのだった。(フェザストーンの最初の妻がガース氏の姉、2番目の妻がヴィンシー夫人の姉で2人とも故人。子どもはいない。)

 


現在は馬の売買をしているバンブリッジ氏に総額160ポンド借金していた。バンブリッジが何か金を返す証拠となるようなものを出せと言ったため、最初は自分の署名入りの手形と交換したが、3か月後、人のよいガース氏に頼んで署名してもらった手形に更新した。フレッドは、人に頭を下げてお金を借りたり返したりという事が不条理に感じたからだった。

 


フェザストーンからはすでに100ポンドもらっているし、自分の父親には怖くてお金を借りられないフレッドは自分の駄馬に30ポンドを加え、ダイヤモンドという良い馬と交換し、その馬を80ポンドで売り利益を得ようと考える。

 

 

 

第24章

ところが手に入れたダイアモンドは脚を傷めてしまい、フレッドの皮算用は外れてしまう。せめて何とか融通できる50ポンドだけでも返そうとガース家を訪れる。少しでも返そうと思ったのは、ガース家の娘を好きだったからだ。

 


第25章

フレッドから金を返してもらえないことで貧乏なガース家がどんな窮状に追い込まれるか、お坊ちゃんのフレッドはわかっていなかった。妻スーザンが息子の進学ためにコツコツと貯めたお金を失うことにな進学を断念することになったし、メアリが貯めているお金も返済に使わなければならなくなった。

メアリは、自分に甘く、人に迷惑をかけるという想像力のないフレッドを批判する。

 


第26章

フレッドは体調を崩し、かかりつけ医のレンチ氏が呼ばれるが、特に問題ないと診断された。しかし症状が改善せず、通りがかったリドゲイト医師がロザモンドに呼ばれ腸チフスと診断した。そしてヴィンシー家のかかりつけ医にとり立てられた。

 


第27章

フレッドの弟妹たちは感染しないよう農家に隔離されたが、両親とロザモンドは自宅に残り、特に母親はつきっきりで看病した。

リドゲイトは毎日往診に来たが、ロザモンドと互いに意識するようになった。

 


第28章

ドロシアの妹シーリアとサー・ジェイムズが婚約した。

 


第29章

ドロシアとカソーボン氏の結婚の不協和音

カソーボン氏はライフワークの『全神話解読』執筆を続けているが、一向に完成しそうもない。小論文も反響は少なかった。著書を出さねばならないという思いがプレッシャーとなって、憂鬱になり信仰心さえぐらついてくるのだった。さらに結婚生活も自分に対して喜びを与えてくれないと気づきいっそう憂鬱になる。

ラディスローからの手紙を受けとったカソーボン氏は「彼は訪問を希望しているが断らなければならない。もうそろそろ気まぐれにはしゃぐ客たちから解放されたいと思うのも当然だと思うがね」という。

それをきいたドロシアは「夫が嫌がっているらしい訪問を、妻が望んでいると言わんばかりのこの決めつけは、意地が悪いではないか。(中略)あまりにも癇に障ったので、考えるよりも先にむかついてきた。」彼女は夫に謝るよう要求する。

夫はラディスローにやきもちを妬いているということが、ドロシアにはわからないのだった。(こんなことで即、夫婦ゲンカになるなんて、破局も間近だ。)

カソーボン氏は発作を起こして倒れ、リドゲイト医師が呼ばれる。

 


第30章

カソーボン氏は回復するが、リドゲイトは注意必要な状態と判断し、仕事をほどほどにして気晴らしをするよう薦めた。ドロシアはつきっきりで看病する。

 


第31章

バルストロード夫人は友人のプリムデイル夫人から、姪のロザモンドがリドゲイトと付き合っているという噂があると聞くと、リドゲイトにロザモンドと結婚するよう圧力をかける。リドゲイトとロザモンドは婚約する。

 


第32章

フェザストーンの血族の者たちが財産目当てで、次々とお見舞いにやって来る。

弟ソロモンと妹ジェイン(ウオール夫人)は裕福だが弟ジョウナ、妹マーサ(クランチ夫人)は貧しかった。一族は、フェザストーンの世話をしているメアリ・ガース(フェザストーンの最初の妻の姪)が相続人になっていないか疑心暗鬼になる。

フェザストーンは、まだ死んでいないのに一族が喪服を着ているのを見て激怒する。

血族はフェザストーンの家に出入りしているやはり遠い血族の競売人トランブル氏に遺言のことを聞き出そうとするが、トランブルは何も知らない。

 


第33章

メアリ・ガースはフェザストーンに2通り作成した遺言書のうちの片方を焼くよう指示されるが、自分が疑われるのを恐れ拒絶する。

フェザストーンはついに息を引きとる。

 


第4部 三つの愛の問題

 


第34章

フェザストーンが書き残した詳細な指示に従って壮大な葬式がカドウオラダー牧師の教会で行われた。

カソーボン氏宅の二階から、カドウオラダー夫人は葬列を見送る。そこへドロシアとシーリアの伯父のブルック氏がラディスローを連れてカソーボン氏のお見舞いに訪れる。ドロシアに頼まれブルック氏はラディスローを滞在させているのだった。ドロシアとカソーボン氏の間に微妙な空気が流れる。

 


第35章

フェザストーンの血族が集まり、弁護士が遺言書を読み上げる。まず、古い方の遺言書。訪れた血族にはそれぞれ50〜100ポンドという期待はずれの金額。フレッドのみ1万ポンドという大金。残りの土地・不動産は、突然現れた蛙のような顔をした新参者のジョシュア・リッグに、という内容だった。新しい方は、ほぼ全てがジョシュア・リッグに遺贈され、フレッドの取り分はなし。一部は老人保護施設の建設費・寄付金に充てられる。

血族たちは、こんな家にもう二度とくるものかと捨て台詞を吐いて去っていった。

 


第36章

フレッドがフェザストーンの遺産を受けとれないと知り、機嫌が悪くなったヴィンシー市長は、一旦承諾したリドゲイトとロザモンドの婚約に反対する。

 


第37章

ドロシアは相変わらずカソーボン氏の嫉妬心に気づかない。よかれと思って言ったことが裏目に出る。ドロシアの分と定めているカソーボン氏の財産の一部をカソーボン氏の血縁であるラディスローに今すぐにでもあげてはどうかと提案する。カソーボン氏は激怒し、ラディスローを出入り禁止にする。

 


第38章

ブルック氏は『パイオニア』紙という新聞社を買い取り、ラディスローはその編集者となる。

 


第39章

ブルック氏は国会議員選挙に打って出るだろうと噂されていた。

ブルック氏の領地内で兎が小作人ダグレーの倅に殺される。ブルック氏はダグレーを訪ねる。

 


第40章

ガース家では、メアリが結婚するロザモンドのためにハンカチに刺繍をしていた。彼女は家計を助けるためヨークの学校にピアノ教師として勤める決意をしたと父ケイレブ、母スーザンに話す。弟のアルフレッド、ジム、ベン、妹レティは幼いので状況がわかっていない様子。

そこへ、サー・ジェイムズ・チェッタムからガース氏に地所の管理を任せたいという手紙がきたので、メアリは、学校に勤めに出なくてよいことになり、アルフレッドは進学できることになった。

フレッドは大学に戻ることになった。

 

 

 

 

 

 

#ミドルマーチ

#エリオット

#廣野由美子 訳

#光文社古典新訳文庫

#イギリス文学

#女流作家

『ミドルマーチ 1』ジョージ・エリオット

■ミドルマーチ 1■  全4巻

ジョージ・エリオット 作

 


ペンネームは男性名だが女性作家である。

 

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高慢と偏見』が恋愛を描いていたのに対し、こちらは「地方生活についての研究」という副題が示すように、架空の地方都市ミドルマーチのさまざまな人物にスポットをあて恋愛・結婚はもちろん、宗教、金銭、階級など人々が抱えている諸問題について多角的な視点から描いている。

 


展開はとても現実的だ。

例えば、ドロシアは結婚したとたんに失望し、夫婦喧嘩し破局も覚悟するが妥協し仲直りする。

銀行家バルストロードは、息子に便宜をはかるよう市長となる父親の工場長から頼まれたが、甘やかすべきではないと毅然とした態度で断った。まるで半沢直樹みたいだ!と感心したのに、すぐ態度を翻す。

新参者の若い医師リドゲイトは、病院付き牧師の選挙で、大勢に流された。

 


世の中は妥協しながら進んでいく。ハッピーエンドなど期待できそうもない辛口小説だが、なぜか面白い。

#ノルウェーブッククラブ世界最高の文学 100選 に選ばれており、2015年には#偉大なイギリス小説100選 の一位にも選ばれた。

 


第一巻の主要な登場人物(しおりより転記)

アーサー・ブルック‥ティプトンに住む地主、治安判事。ドロシアとシーリアの伯父で独身。

ドロシア・ブルック‥宗教的情熱、献身の精神に満ちた若い女性。カソーボンと結婚する。

シーリア・ブルック‥ドロシアの妹。

サー・ジェイムズ・チェッタム‥フレシットに住む地主、準男爵。当初、ドロシアに思いを寄せる。

エドワード・カソーボン‥ローウィックに住む教区牧師。研究生活に没頭している。

ウオルター・ヴィンシー‥工場主でミドルマーチの市長。

ロザモンド・ヴィンシー‥ヴィンシー家の長女。美貌と音楽の才能を持つ。

フレッド・ヴィンシー‥ヴィンシー家の長男。両親からは牧師になることを期待されている。

ピーター・フェザストーン‥フレッド・ヴィンシーやメアリ・ガースの伯父。資産家。

メアリ・ガース‥ガース家の長女。フェザーストーンの姪。ロザモンドの幼なじみ。

ターシアス・リドゲイト‥ミドルマーチに新たにやってきた医師。名門の出。

ニコラス・バルストロード‥銀行家。ヴィンシー市長の妹ハリエットの夫。

ハンフリー・カドウオラダー‥ティプトンとフレシットを兼任する教区牧師。

キャムデン・フェアブラザー‥ミドルマーチに住む聖ボトルフ教会の牧師。

ウィル・ラディスロー‥カソーボンの伯母の孫。カソーボンが経済的に援助している。

 


第一部では、上流階級で美人だがかなりの変人のミス・ブルック(ドロシア)が、50歳くらいのカソーボン牧師に心酔し、結婚し新婚旅行でローマに旅立つまでが描かれる。

 


第二部ではミドルマーチの新病院経営にからんで、工場長ヴィンシー、実質的な町の支配者である銀行家バルストロード、新参者の医師リドゲイト、牧師らの思惑が交錯する。

ヴィンシーの美しい娘ロザモンドとリドゲイトは恋に落ちる。

新婚旅行中のドロシアとカソーボン牧師は早くも諍いを起こし、そのローマで遊学中の牧師の親類の若者ラディスローはドロシアに思いを寄せる。

 

 

第一部
第一章

ミス・ブルック(ドロシア)と妹シーリアは、10歳そこそこで両親を亡くし、今は60がらみの独身の伯父ブルック氏の屋敷に同居している。

いきなり遺産相続の話になるが、ドロシアは後継ぎ娘で姉妹にはそれぞれ両親から年700ポンドの収入をうむ財産が遺されていた。(『高慢‥』の姉妹たちの想定される遺産は年100ポンドだった。)

もし、ドロシアが結婚して男の子が生まれれば、伯父ブルック氏のかなりの財産を相続することになる。

だが、美人で財産も知性もある妙齢のドロシアが結婚できないのはなぜかというと、信仰が厚すぎて神学書にはまったり、政治経済に興味をもったり地域の人たちのため農家の設計図を引いている彼女は世間の人から変人と思われていたからだ。

 


ある夜、ブルック氏邸の夕食にサー・ジェイムズ・チェッタムとカソーボン牧師が招かれる。

 


第ニ章

ドロシアはカソーボン牧師ほど心を惹かれる人に会ったことはないと思っているので2人の会話に割り込んできたサー・ジェイムズに腹を立てる。サー・ジェイムズは彼女に求婚しようと思っている。彼は頭の良さは彼女が優勢だと自覚していたが、自分は男というだけで格上だから気にしなかったし、50がらみの干からびた牧師を恋愛対象と見ているとは信じられなかったからだ。

一方ドロシアは、サー・ジェイムズのことを、妹と結婚しようと思っているので自分に愛想よくしているのだろうと思っていた。

 


第三章

学者肌のカソーボン氏は知識の宝庫で、年代記の執筆作業をしている。彼の描く構想のスケールの大きさにドロシアはすっかり心酔する。

 


ドロシアが設計図の農家建設実現にサー・ジェイムズの協力を求めると、彼はますます彼女が結婚してくれるものと誤解してしまう。

 


それを知り、ドロシアは農家建設を断念し、涙する。「設計図を描くのは、お姉さんのお気に入りの趣味なのに、それは残念すぎる」とシーリアは慰めるが、「趣味」と言われドロシアは激怒する。

 


ドロシアはブルック伯父から、カソーボン氏が結婚申し込みの許しを求めてきたと伝えられる。

 


ブルック伯父もシーリアもこの結婚にもろ手をあげて賛成というわけではなかったが、ドロシアは感激して承諾する。

 


第六章

教区牧師の妻カドウォラダー夫人がブルック氏邸を訪れ、ドロシアの婚約を知ると、サー・ジェイムズに伝える。未練たっぷりのサー・ジェイムズに夫人は諦めるよう助言する。カドウォラダー夫人はサー・ジェイムズとドロシアとの縁談を自分が仕切るつもりでいたので、ドロシアに対し忿懣やる方ない。振られたサー・ジェイムズに対してはシーリアを充てがおうとさっそく動き出す。

 


サー・ジェイムズは辛い気持ちを押し殺して、礼儀上ドロシアに会いに行く。

 


「私たちは、(中略)一日の間に、何度もがっかりすることがあるが、涙をこらえ、(中略)「何でもありません」と答えて耐える。自尊心が私たちを守ってくれる。自分の傷を隠そうとするだけなら、(中略)自尊心も悪くはない。」

 


第七章

2人は婚約期間をブルック氏邸で過ごす。ドロシアはカソーボン氏の役に立ちたいと思い、毎日1時間ギリシア語を教えてもらっている。

 


第八章

サー・ジェイムズはやはり諦めきれず2人の結婚を延期するようブルック氏に頼んでくれとカドウォラダー夫人の夫に泣きつく。カドウォラダー氏は同じ牧師なのでカソーボン氏の肩を持つ。

 


サー・ジェイムズはその後もブルック氏邸に通い続け地主としてドロシアの農家建設を手伝い続けている。次第に2人は率直に話のできる友人同士になっていく。

 


第九章

姉妹とブルック氏はドロシアが住むことになるローウィックのカソーボン氏の邸宅を案内してもらう。

カソーボン氏の伯母の孫にあたるウィル・ラディスロー青年が庭でスケッチをしていた。

まだ将来を決めていない青年を1、2年ほど遊学させるつもりだとカソーボン氏は語った。

 


第十章

それから間もなくラディスロー青年は大陸に旅立った。

一方、カソーボン氏は婚礼の日がが近づいても、一向に自分の気持ちが昂揚しないのに気づく。

 


新婚旅行の話になると、カソーボン氏はローマ滞在中は自分は図書館で調べ物をして時間を有効活用したいと思っている、独りにさせてしまうので妹さんが同伴してくれたら気が楽だ、という。ドロシアは、カソーボン氏と知り合って、初めて腹を立てる。

 


ブルック氏邸でミドルマーチの名士たちが招かれた晩餐会が開かれた。その後あと間もなくカソーボン夫人となったドロシアはローマに向かった。

 


第十一章

さて、その晩餐会には、ミドルマーチで新規に開業した若い外科医のリドゲイト、独身の中年男チチェリー、工場主で最近市長に選ばれたヴィンシー、弁護士のスタンディッシュ、銀行家バルストロード、レンフルー大佐の未亡人らが参加していた。

 


この様子見たカドウォラダー夫人はブルック氏は選挙出馬を狙っていると評した。

 

ヴィンシー家の美しい長女ロザモンドは伯父フェザストーンを訪ね、そこでフェザストーンを往診するリドゲイトと知り合い恋に落ちる。

 


第二部

第十三章

熱病専門の新病院経営について、リドゲイトは自分の患者でもある銀行家バルストロードをたびたび訪ねる。

フェアブラザー牧師に替わってタイク牧師を病院付き牧師にしたいとバルストロードは考えている。

リドゲイトは牧師の病院勤務については関心がない。

 


バルストロードの義兄ヴィンシー氏は息子フレッドを聖職者にしたいと考えているが、バルストロードは世俗的な虚栄心のためにお金を使うのはやめた方がよいと反対する。フレッドが伯父フェザストーンの土地を担保に金を借りようていることを批判し、そんな甘やかしに手を貸すことはできないと突っぱね、ヴィンシー氏を激怒させる。

 


自分が手を貸さなくても工場主としての地位を立派に築き上げているではないか、と諭してもヴィンシーは聞く耳を持たない。結局バルストロードは便宜を図る。

 


第十五章

リドゲイトは競争者の少ない地方都市で、医者として勤勉に職務を遂行しながら、学問研究に励もうと考えていた。「ミドルマーチのために小さなよき仕事を世界のために偉大な仕事をしようと。」

 


そんな彼も、迷走した事があった。ロール女優に夢中になったが、彼女は舞台の上で夫を殺してしまう。事故だと判断されたので彼女は釈放され、リドゲイトは求婚した。しかし、彼女は本当は殺したのだと告白した。リドゲイトは医学の研究に立ち戻った。

 


第十六章

リドゲイトはヴィンシー家で楽しいひとときを過ごす。ピアノ演奏や歌を披露してくれた娘のロザモンドに魅せられるも、向こう5年は結婚しないつもりだった。発疹チフスと腸チフスの鑑別の方が重要だった。

 


第十七章

翌日リドゲイトはキャムデン・フェアブラザー牧師を訪ねた。バルストロード氏が新病院から追い出そうとしている牧師だ。

母親のフェアブラザー老夫人、その妹ミス・ノーブル、フェアブラザー牧師の姉ミス・ウィニフレッド・フェアブラザーがリドゲイトを出迎えた。

フェアブラザー牧師は独身で女性陣に頭が上がらないようだったが、彼の説教は独創的で力強く評判が良かった。

 


第十八章

病院付き牧師問題についてリドゲイトはあまり興味なかったが、どちらかに投票しなければならない。

ドルマーチの実質的支配者のバルストロードは、彼の推すタイクに投票しなければリドゲイトの職を奪うと脅しをかけた。タイクは偽善的な嫌なやつに思えた。

遅れてきたリドゲイトが最後の一票をタイクに投じ、タイクに決まる。

 


第十九章

新婚先のローマでは、ラディスローと画家の友人ナウマンがカソーボン夫人の肖像画を描きたいと思う。

 


第二十章

ドロシアは、自分でも理由のわからない精神的な混乱に陥り、滞在しているアパートで一人で激しく咽び泣いている。不満があるわけではなかった。

自分とカソーボン氏との感じ方のずれに気づきはじめる。ドロシアは、本当は夫のそばにいて仕事を手伝いたい役に立ちたいと思っていたのだが、カソーボン氏の終わりの見えない執筆活動について皮肉めいたことを言う。カソーボン氏は世間から批判されていることは自覚しており、それを妻からも指摘されたことが腹立たしい。ドロシアも憤慨する。しかし、ドロシアは気を取り直し、夫を図書館に送り、放心状態で美術館をでぶらぶらする。美術館で、ラディスローと友人の画家ナウマンはそんなドロシアを見かける。

 


第二十一章

夫妻は表面的には仲直りする。しかし、ドロシアは、相変わらずどうすれば夫に献身できるかを、そして夫の知恵を借りて自分が賢くなることを考えており、夫にも自分と同様に自我という中心があり、ドロシアとは異なる世界を持っているということを今ひとつ理解していなかった。

 


第二十二章

ラディスローは、カソーボン夫妻を友人ナウマンのアトリエ見学に誘う。ナウマンは宗教画を描いていたが、聖トマス・アクィナスの顔のイメージにカソーボン氏がぴったりなのでスケッチさせてほしいと申し出ると、カソーボン氏は喜んで承諾する。ナウマンはドロシアも聖クララのモデルになってもらう。ドロシアを崇拝するラディスローは嫉妬する。ラディスローはカソーボン氏の援助を受けローマに来ていたが、イギリスに帰り自活することを決意する。

#ミドルマーチ

#エリオット

#イギリス文学

#長編小説

#女流作家

『高慢と偏見』 ジェイン・オースチン

 シェークスピアを筆頭に世界的名作を著した作家を輩出してきたイギリス。なかでも有名なのは19世紀の女性小説家だろう。19世紀初頭のジェイン・オースチン、19世紀中期のブロンテ姉妹、19世紀後期のジョージ・エリオットは世界文学史において輝きを放っている。

 

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高慢と偏見 Pride and Prejudice 』


18世紀末イギリスのジェントリー階級(上流階級だが貴族ではなく大地主階級)の一家の娘たちの恋愛を描く。岩波文庫の格調高い訳で読みはじめたが、コメディ・タッチの小説なので、途中からいくらかくだけた翻訳の中野康治訳のちくま文庫電子版に切り替えて読んだ。なお、原文は自由間接話法が多用されており、イギリスでの自由間接話法の先駆けであるとのこと。

 


ベネット一家の5人姉妹の次女エリザベスが主人公。そっくりそのまま連続テレビ小説になりそうなストーリー展開。

 


エリザベスの視点から綴られているので、エリザベスが語り手のように錯覚し、エリザベスの心情がひしひしと伝わってくる。

 


登場場面の少ない妹もいるが5人姉妹それぞれの性格の違いは明確に描かれている。5人もの姉妹設定にしたのは、ベネット家では財産相続を男子限定と定めたので、男子が生まれるまでと思い子どもを作ったが,結局女の子ばかりで男子には恵まれなかったということだ。この場合,遺産は親類の男性が相続することになる。

 


したがって、財産を相続できない女性の婚活・恋愛は死活問題となる。

 


それでも、プライドのあるエリザベスはそう簡単には結婚しない。

 


エリザベスは、舞踏会で出会った裕福でハンサムなダーシーからプロポーズされる。ラブ・コメディのお定まりだが、ダーシーの初対面の印象は最悪だった。高慢で人を見下したような態度のダーシーに、エリザベスははっきり求婚を断る。高慢な人という印象は、のちに偏見だったと気づく。エリザベスはダーシーの思いやりの深さを知るにつれ、愛するようになっていく。

 

 

 

#高慢と偏見

#オースチン

#イギリス文学

#恋愛小説

#女流作家

『八月の光』フォークナー

#八月の光  (上) (下)1932

#フォークナー

#諏訪部浩一 訳

#岩波文庫

 


『アブサロム‥』同様ミシシッピ州の架空の都市ヨクナパトーファ郡ジェファソンが舞台。『アブサロム‥』と違い普通の文体で読みやすい。決して読み流せるような作品ではない。21章どの章も濃密で深淵な表現で悲喜劇が展開する。意味深で何かのメタファーなのではと思われる箇所もたくさんある。


時は1932年なのだが「南部」では苛烈な黒人差別が続いていることが読み取れる。単なる「人種差別」ではなくて「奴隷」として黒人を家畜のように扱っていたのが「南部」の黒人差別だ。


自分を棄てた男を追って身重の身体で徒歩でアラバマからミシシッピまでやってきリーナ、信頼を失い排斥されたハイタワー牧師、そして黒人の血が混ざっていることで苦しむ孤児クリスマス、3人の物語が交錯する。

■上巻

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第1章:

自分を棄てた男ルーカス・バーチを追ってリーナは臨月に近い身体で徒歩でアラバマからミシシッピのにたどり着く。

 

第2章:

リーナが、バーチを知らないか尋ねた職工バイロン・バンチは製板小屋で新参者ジョー・クリスマスとジョー・ブラウン(バーチ)が働いていることを話す。2人はミス・バーデンの地所の黒人小屋に住んでいた。

ミス・バーデンは北部から移住してきたよそ者一族の中年女性で、奴隷解放派である兄と祖父は元奴隷所有者によって殺されていた。

リーナは、ブラウンがバーチではないかと期待する。バイロンは、リーナに好意を持つ。

 

第3章:

ハイタワー牧師について語られる。

ハイタワーは説教壇で神や信仰について説くこともせずいつも南北戦争で活躍した祖父について語っていたので町の者は教会を訪れなくなってしまう。さらにその妻は不倫相手と泊まっていたメンフィスのホテルから転落死した。

長老たちはハイタワーに辞任を迫ったが彼はしなかった。

 

第4章:

ミス・バーデンの屋敷が火事になり、炎の中からミス・バーデンの首を引きちぎられた遺体が見つかる。ブラウンとクリスマス両者が放火殺人の容疑者となり、ブラウンは保安官にクリスマスが犯人で黒人との混血だと保安官に告げた。

 

第5章:

ブラウンとクリスマスが寝ている。ブラウン、クリスマスが黒人であることをバカにする。

2年前からクリスマスはミス・バーデンと付き合っている。

クリスマスは女(ミス・バーデン)の嘘や欺瞞を許せないと感じる。女がクリスマスのことを祈り出したのが我慢ならなかった。

8月の星空の下、ナイフを持ち女の元に向かった。

 

第6章:

クリスマスの生い立ちが語られる。

クリスマスは孤児院で育つ。

そこで5歳の時、栄養士の女性と若い医師の情事を目撃してしまうのだが、幼いクリスマスにその意味などわからないし、まして告げ口などする訳もない。ところが、栄養士はいつ暴露されるか恐怖のどん底に突き落とされ、半狂乱になる。彼女にとっては恋人より5歳児のほうがはるかに重大な存在となる。


(この恐怖が増幅していくアイロニカルなエピソードはポーの短編小説にありそう。)

 

栄養士は、クリスマスが他の子どもたちから「黒ん坊」と呼ばれており、白人に見えるが黒人ではないか、と告げ口し、彼は孤児院を追い出される。

 

第7章:

(このエピソードも短編のようだ)

クリスマスは信心深く厳格なマッケカーン夫妻に引き取られる。マッケカーンは何かというと鞭で彼に体罰を加えた。

彼が14歳くらいになると、少年たちが彼に黒人女をあてがおうと手筈を整えたが彼は女を蹴りとばす。そして彼らに殴りかかる。少年たちは反射的に応戦するが、クリスマスもこの衝動的な行動を説明できない。

マッケカーンの妻は親切で世話をやきたがったが、クリスマスは「男たちの過酷で無情な公正さよりも」女の「やわらかい親切」を憎んだ。

 

第8章:

17歳のクリスマスとウエイトレスの恋愛、初体験が描かれる。

クリスマスはウエイトレスと関係をもつが、彼女には別の男がいた。クリスマスは泣きながら彼女を殴る。

 

第9章:

クリスマスは養父マッケカーンを椅子で殴り倒す。

 

第11章:

ミス・バーデンの血統が語られる。

カルヴィン・バーデンはナサニエルバリントンと言う牧師の息子だった。12歳で家出、10年後結婚。息子が生まれた。息子が5歳の時バーデンは奴隷制をめぐる議論から1人の男を殺した。この頃妻はもう死んでいて息子ナサニエルのほかに娘が3人いた。息子ナサニエルは14歳で家出、メキシコ人を殺した。16年後、母エヴァンジェリンとよく似た妻フアナと息子カルヴィンを連れて帰る。

ミス・バーデンすなわち最後のカルヴィンの14歳年下の異母妹はクリスマスに語る。最後のカルヴィンは20歳の頃サートリス(フォークナーは『サートリス』という小説も著している)に殺された。

 

■下巻

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登場人物はいずれも実在するかのように特徴的な個性が明瞭に描かれている。

 


例えばジョー・クリスマスの祖父(白人)は、暴力的な狂気の人だ。クリスマスは、黒人の血よりこの祖父の血をたっぷり受け継いでいるに違いない。そもそもクリスマスに黒人の血が流れているというのもこの祖父の思い込みらしい。


黒人との混血であるとカミングアウトしているクリスマスは、黒人差別のある「南部」においては、周囲に対する怒り、反抗といったネガティブ感情が生きる原動力となり、暴力、殺人といったネガティブな行動に及んでしまう。


15年にもわたりクリスマスはあちこち転々とし一時期「北部」にいたのだが、白人の娼婦に、自分は黒人だと告白すると、「それがどうしたのさ?」と言われてショックを受けしばらく落ち込み、結局「南部」に戻ってくる。


33歳で南部に帰ってくるとヨクナパトーファ郡ジェファソンのミス・バーデンの地所に住み、ブラウン(リーナを棄てたルーカス・バーチ)と一緒に製板工場を隠れ蓑に酒の密売をしていたジョー・クリスマスは彼女と関係を持つようになる。

 

ミス・バーデンは北部から移住してきた奴隷解放派一族の末裔の中年女性で、奴隷解放派である兄と祖父は元奴隷所有者によって殺されていた。

 

ミス・バーデンは、クリスマスに黒人として黒人への伝導の仕事をさせようとする。

これをきいたクリスマスは怒り驚く。ミス・バーデンは2発の弾丸を装填した銃で彼を殺し自分も死のうとするが‥

 

ミス・バーデンの屋敷が火事になり、炎の中から彼女の首が引きちぎられた遺体が見つかり、犯人として疑われたブラウンは、クリスマスこそ犯人だと保安官に告げる。

 

■考察と感想


▶︎クリスマスにとってのアイデンティティ

小説の主題の1つは「アイデンティティ」(特に人種的なアイデンティティとその喪失)と思われる。アイデンティティとして人種に重きをおく「南部」にクリスマスが結局戻っていくのは何故か。


「もし俺に黒ん坊の血が混じってねえとすれば、えらく無駄な時間を過ごしてきたことになるな」(第11章)という言葉が思い浮かぶ。

彼のアイデンティティ-存在証明は、人種がどうこうというよりそれに抗ってきた過去の時間ということになりはしないか。アイデンティティとは人種であれ家系であれ国家であれ故郷であれ組織であれ過去の時間であれ随分と人を呪縛するものではないか。

 

クリスマスは逃亡中に一瞬「大地」に「平和とゆったりした心と静けさ」を感じるが、結局は街路という「円環」の内側をぐるぐる回っているだけでその呪縛から解放されることはない。

 

そしてクリスマスだけでなく、ミス・バーデン、ハイタワー牧師それぞれが家系ー父祖の呪縛を受けていた。

 


▶︎ヨハネによる福音書第19章に相当する第19章〜『燃えあがる緑の木』

 

脱走したクリスマスはジェファソン出身の若い大尉に追い詰められ銃殺され去勢される。「そして尻や腰のあたりの切り裂かれた服の中から閉じ込められていた黒い血が、吐き出される息のごとく、ものすごい勢いで流れ出すように見えた。」


新約聖書では、ひとりの兵卒がやりで磔刑で死んだイエスのわきを突きさすと、すぐ血と水とが流れ出た、と伝える。


大江健三郎の『燃えあがる緑の木』でギー兄さんがリンチされ殺された場面が思い出される。大江健三郎はフォークナーの影響を受けたとされている。『八月の光』では白人でありながら黒人というアンヴィヴァレンスを描かれているが、『燃えあがる‥』も両性具有のサッチャンに象徴されるように矛盾に満ちた人間が描かれている。

 


▶︎「大地」を「移動する」リーナ

最後の第21章はリーナはハイタワー牧師に取り上げてもらい産まれた赤ん坊とバイロンとともに行く先も定めないヒッチハイクの旅をしている。

「人間って、ほんとうに動くものなのねえ。(2か月でアラバマからテネシーまで来てしまった)」

という言葉で終わる。


この台詞は第一章で臨月の身体で徒歩でアラバマからミシシッピにたどり着いた時の台詞と同じだ。

「円環」とは対照的に「大地」を「動く、移動する」という観念は未来への希望を抱合する。


しかし、リーナの言葉に一瞬ほっとしたものの、光を感じつつも結局影にとらわれてしまったクリスマスの「円環」に私は立ち戻ってしまっている。

 


#ノーベル文学賞

#アメリカ文学

#南部ゴシック

#長編小説

#ノルウェーブッククラブ世界最高の文学

 

『アブサロム、アブサロム』フォークナー

#アブサロム、アブサロム 1936年

#フォークナー 1897年 - 1962年

#藤平郁子 訳

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▶︎攻略法(?)

『アブサロム‥』は、およそ100年に及ぶファミリー・ヒストリーであり、謎がベールを剥ぐように徐々に解明されていく面白さがある作品である。すでに投稿したガルシア・マルケスの『百年の孤独』にも大きな影響を与えた。

「アブサロム」とは旧約聖書に登場するイスラエルを建国したダビデ王の息子。妹タマルを陵辱して捨てた異母兄弟のアムノンを殺害し、逃亡し非業の最期を遂げた息子を「わが子アブサロムよ。わが子、わが子アブサロムよ。」と嘆く言葉から本書のタイトルは採られている。(サムエル記下18章33)

タイトルから想像されるように本書のストーリーも、王国とも言える農園を建設した父の人生と、妹をめぐる兄弟殺しが骨格となっている。

難解、というよりかなり読みづらい。非常に集中しないと脳を素通りするので、忙しかったこともあり1日の読書時間は短時間、上下巻読むのに1ヶ月かかった。

とにかく、ひとつの文が長いのだ。2頁にわたるのはざら。世界最長の文としてギネスにも載っているらしい。カギ括弧が閉じられないままの箇所もあった。

攻略法(攻略できたか不明だが)としては、まず、主語と述語を探しそれに線をひいた。そして、その主語の「彼」は誰なのかを特定した。(その場面の登場人物が2人だけだったとしてもどちらかわかりにくいのだ。)

しかし、挫折しそうになったのはⅠ章のみ。ここを越えれば、あとは謎解きの興味と小説自体の圧巻の力で特に最後のⅧ、Ⅸ章は一気に読めた。

 

▶︎ごく基本的なアメリカの歴史の復習
アメリカ文学にあまり馴染みがなくアメリカの歴史も忘れているのでこの作品は一層とっかかりがなく難しく感じた。ここでちょっと復習。

 

・先コロンブス

アジア系のモンゴロイドインディアンが1万年前から3万年前の氷期に北アメリカに最初に住み着いた。

・植民地時代 (1493年〜1776年)

1492年コロンブスの「新大陸発見」に始まる。インディアンに対する領土掠奪と大虐殺が始まった。

17世紀半には欧米文化が移植定着する。

植民地では砂糖、綿花、コーヒー、タバコ農園が開墾され、奴隷化したインディアン、アフリカ大陸から買われた黒人奴隷が働いた。

アメリカ独立戦争(1775-1783)

1773年茶の貿易を独占しようとしたイギリスに対し住民はボストン港を襲撃(ボストン茶会事件),これをきっかけに、イギリス本国と東部沿岸のイギリス領の13植民地との戦争が起こった。

・1776年独立宣言:ジェファーソン、

・1789年初代大統領ジョージ・ワシントン就任

・西方への領土拡大 (1789年〜1865年)

ジャクソン大統領は「インディアンは白人と共存し得ない。野蛮人で劣等民族のインディアンはすべて滅ぼされるべきである」と議会で演説し、インディアンを移住させるという民族浄化政策をとった。

この間産業革命が起こり資本主義社会が形成される。

南北戦争1861年〜1865年)

 


▶︎アメリカ文学史におけるフォークナー

アメリカの建国は1776年だから当然文学も歴史が浅い。

フォークナーは、フィッツジェラルドヘミングウェイなどのいわゆる失われた世代(ロスト・ジェネレーション)と同時代の作家である。共通するキーワードは、①戦争②パリ③モダニズムである。

しかし、フォークナーは当時の文芸思潮だったモダニズムに惹かれて一時はパリでモダニズムに浸ったものの「南部」ミシシッピの保守的な田舎町の長男として生涯の大半をそこで過ごした。『アブサロム‥』風にいえば宿命であるかのように故郷に帰還した。


▶︎『アブサロム‥』の舞台

そんな故郷のミシシッピ州の架空の町ヨクナパトーファ郡が舞台となっている。フォークナーの他の小説でもこの架空の町が舞台である。

時代は南北戦争1861年〜1865年)前後。


▶︎文体及び構成の特徴

文章が非常に長いことはすでに述べたが、繰り返し似たフレーズ(「藤の花が咲き乱れ」など)や場面が出てきて行きつ戻りつしながら、次第にぼやけていた像が鮮明に現れてくるのが特徴である。

また構成も時代が遡ったり、現在に戻ったりする。

そのため作者による『アブサロム‥』年表が下巻の最後に付けられている。

 


第一章は、主人公トマス・サトペンの義妹、この時点で64歳のミス・ローザ・コールドフィールドが語り手で聞き手はハーヴァード大学入学予定であるクエンティン・コンプソンである。

語り手が章によって代わるのもこの小説の工夫のひとつである。

 

【あらすじ】

▶︎第一章から殺人事件が語られる
主人公トマス・サトペン忽然とミシシッピに「野生の」黒人の一団を引き連れ現れ「乱暴に切り裂くように農園を造った」とミス・コールドフィールドは語る。そして「悪魔のような」男サトペンは彼女の姉のエレンと結婚して「優しさのかけらもなく」息子と娘を生ませた。


トマス・サトペンの息子は、妹のフィアンセと同じ部隊に従軍していたが、結婚式前夜に屋敷の門前でフィアンセを射殺した挙句逃亡し消息不明だった。


早くも第一章で、トマス・サトペンの息子ヘンリー・サトペンが、友人チャールズ・ボンを殺害したことが語られる。


64歳のミス・コールドフィールドは43年(南北戦争が終わった1866年から現在の1909年まで),激しい憤りと憎しみを持ち続けている。


第一章ではチャールズ・ボン殺害の動機、ローザ・コールドフィールドの激しい憤りの原因は示されておらず、読者は先を読みたくなる。

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▶︎トマス・サトペンの「構想」から始まる血族の悲劇

「無垢」だった貧しい白人(プア・ホワイト)移民の子サトペンは、白人の農園の召使いの黒人に屈辱的扱いを受ける。それを契機に金持ちになり一族に(跡継ぎとなる男子に)黒人の血の混ざることのないサトペン王国を築くという「構想」を抱くようになる。


▶︎悲劇の異母兄弟

サトペンの「構想」に反し、ハイチで結婚した最初の妻ユーレリア・ボンには黒人の血が混ざっていた。そのことは生まれた子どもを見て気づいた。彼は離婚し、成り上がっていく。ミシシッピの荘園「サトペン百マイル領地」を建設、エレンと結婚しヘンリーとジュディスが生まれる。


そしてヘンリーはミシシッピ大学で8歳年上のチャールズ・ボンと知り合い友人となり、妹のジュディスとボンは婚約する。だが、サトペンは、ボンが息子であると気づきジュディスとボンの結婚を禁止した。近親相姦になるからというよりサトペン一族に黒人の血が混ざるのを忌避したかららしい。


南北戦争1861年〜1865年)が始まると、トマス・サトペンは南軍ミシシッピ歩兵連隊に大佐として、ヘンリーとボンは兵卒(学徒隊)として加わる。


生まれてすぐサトペンに捨てられたボンだが父に自分を息子としてひと言でもよいから声をかけてほしい、眼差しを向けてほしいという気持ちを強く持っていた。しかしボンの存在そのものをなかったことにしたいサトペンは、ボンを冷酷に拒絶し、ボンは絶望する。


1865年戦争が終結すると「サトペン百マイル領地」の門前で、父サトペンの意を汲んでヘンリーはボンを射殺する。

 

▶︎ローザの43年間の憤りの理由とサトペンの死

チャールズ・ボン殺害事件後ヘンリーは出奔してしまう。翌年トマス・サトペンは、死んだ妻エレンの妹であるローザ・コールドフィールドに結婚を申し込み、ローザも一旦はそれを受け入れる。しかし、60歳になるサトペンは、何とか跡継ぎを作らなければ焦ったのだろう、交わって息子が産まれたら結婚するとローザに要求する。ローザは侮辱されたと憤り、婚約は破棄される。

サトペンは今度は領地内に住むプア・ホワイトのウオッシュ・ジョーンズの孫娘ミリーに近づき、3年後子どもが産まれた。しかし産まれたのは女児だったためサトペンはミリーに暴言を吐き、それに怒ったウオッシュ・ジョーンズに大鎌で斬殺される。ウオッシュ・ジョーンズも保安官に撃たれて死ぬ。

 

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▶︎上書き更新されるストーリー

今日の『カムカム‥』最終回では悲しいエピソードがハッピーなものに上書き更新され,視聴者はその脚本・演出に歓喜した。『アブサロム‥』においてもストーリーの後半は、クウェンティン・コンプソン3世とそのハーヴァード大学の友人であるシュリーブによって過去が再考され上書き更新され、より明瞭なストーリーが展開される。

 


▶︎血族の終焉;最後はゴシック風幻想的な展開

私の読んだ中では同じアメリカ文学のポーの『アッシャー家の崩壊』や、カポーティの『遠い声、遠い部屋』を彷彿とさせるようなゴシック風雰囲気を『アブサロム‥』は醸し出している。

 

最後はサトペンと黒人奴隷との間の娘クライティが邸宅に火を付けて匿っていたヘンリーと心中する。

トマス・サトペンの混血忌避構想が裏目に出て、登場人物はほぼ全員非業の死を遂げた。

 

あえて日本でいうならば、因習に縛られた土地にどこからか現れた男が支配的な当主となった本家と、対立する分家があり、近親相姦的殺人事件が起きるという筋立ては溝口正史のようである。


また、これは私の感覚だが、ゴシック風幻想的雰囲気は、霊的存在が登場して過去を回想する形で物語が展開する「夢幻能」が思い起こされた。

 

 

 


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