猫の本棚名作紹介ブログ

古今東西の名作を日々の雑感もまじえ紹介します。読書で人生を豊かに。

『アブサロム、アブサロム』フォークナー

#アブサロム、アブサロム 1936年

#フォークナー 1897年 - 1962年

#藤平郁子 訳

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▶︎攻略法(?)

『アブサロム‥』は、およそ100年に及ぶファミリー・ヒストリーであり、謎がベールを剥ぐように徐々に解明されていく面白さがある作品である。すでに投稿したガルシア・マルケスの『百年の孤独』にも大きな影響を与えた。

「アブサロム」とは旧約聖書に登場するイスラエルを建国したダビデ王の息子。妹タマルを陵辱して捨てた異母兄弟のアムノンを殺害し、逃亡し非業の最期を遂げた息子を「わが子アブサロムよ。わが子、わが子アブサロムよ。」と嘆く言葉から本書のタイトルは採られている。(サムエル記下18章33)

タイトルから想像されるように本書のストーリーも、王国とも言える農園を建設した父の人生と、妹をめぐる兄弟殺しが骨格となっている。

難解、というよりかなり読みづらい。非常に集中しないと脳を素通りするので、忙しかったこともあり1日の読書時間は短時間、上下巻読むのに1ヶ月かかった。

とにかく、ひとつの文が長いのだ。2頁にわたるのはざら。世界最長の文としてギネスにも載っているらしい。カギ括弧が閉じられないままの箇所もあった。

攻略法(攻略できたか不明だが)としては、まず、主語と述語を探しそれに線をひいた。そして、その主語の「彼」は誰なのかを特定した。(その場面の登場人物が2人だけだったとしてもどちらかわかりにくいのだ。)

しかし、挫折しそうになったのはⅠ章のみ。ここを越えれば、あとは謎解きの興味と小説自体の圧巻の力で特に最後のⅧ、Ⅸ章は一気に読めた。

 

▶︎ごく基本的なアメリカの歴史の復習
アメリカ文学にあまり馴染みがなくアメリカの歴史も忘れているのでこの作品は一層とっかかりがなく難しく感じた。ここでちょっと復習。

 

・先コロンブス

アジア系のモンゴロイドインディアンが1万年前から3万年前の氷期に北アメリカに最初に住み着いた。

・植民地時代 (1493年〜1776年)

1492年コロンブスの「新大陸発見」に始まる。インディアンに対する領土掠奪と大虐殺が始まった。

17世紀半には欧米文化が移植定着する。

植民地では砂糖、綿花、コーヒー、タバコ農園が開墾され、奴隷化したインディアン、アフリカ大陸から買われた黒人奴隷が働いた。

アメリカ独立戦争(1775-1783)

1773年茶の貿易を独占しようとしたイギリスに対し住民はボストン港を襲撃(ボストン茶会事件),これをきっかけに、イギリス本国と東部沿岸のイギリス領の13植民地との戦争が起こった。

・1776年独立宣言:ジェファーソン、

・1789年初代大統領ジョージ・ワシントン就任

・西方への領土拡大 (1789年〜1865年)

ジャクソン大統領は「インディアンは白人と共存し得ない。野蛮人で劣等民族のインディアンはすべて滅ぼされるべきである」と議会で演説し、インディアンを移住させるという民族浄化政策をとった。

この間産業革命が起こり資本主義社会が形成される。

南北戦争1861年〜1865年)

 


▶︎アメリカ文学史におけるフォークナー

アメリカの建国は1776年だから当然文学も歴史が浅い。

フォークナーは、フィッツジェラルドヘミングウェイなどのいわゆる失われた世代(ロスト・ジェネレーション)と同時代の作家である。共通するキーワードは、①戦争②パリ③モダニズムである。

しかし、フォークナーは当時の文芸思潮だったモダニズムに惹かれて一時はパリでモダニズムに浸ったものの「南部」ミシシッピの保守的な田舎町の長男として生涯の大半をそこで過ごした。『アブサロム‥』風にいえば宿命であるかのように故郷に帰還した。


▶︎『アブサロム‥』の舞台

そんな故郷のミシシッピ州の架空の町ヨクナパトーファ郡が舞台となっている。フォークナーの他の小説でもこの架空の町が舞台である。

時代は南北戦争1861年〜1865年)前後。


▶︎文体及び構成の特徴

文章が非常に長いことはすでに述べたが、繰り返し似たフレーズ(「藤の花が咲き乱れ」など)や場面が出てきて行きつ戻りつしながら、次第にぼやけていた像が鮮明に現れてくるのが特徴である。

また構成も時代が遡ったり、現在に戻ったりする。

そのため作者による『アブサロム‥』年表が下巻の最後に付けられている。

 


第一章は、主人公トマス・サトペンの義妹、この時点で64歳のミス・ローザ・コールドフィールドが語り手で聞き手はハーヴァード大学入学予定であるクエンティン・コンプソンである。

語り手が章によって代わるのもこの小説の工夫のひとつである。

 

【あらすじ】

▶︎第一章から殺人事件が語られる
主人公トマス・サトペン忽然とミシシッピに「野生の」黒人の一団を引き連れ現れ「乱暴に切り裂くように農園を造った」とミス・コールドフィールドは語る。そして「悪魔のような」男サトペンは彼女の姉のエレンと結婚して「優しさのかけらもなく」息子と娘を生ませた。


トマス・サトペンの息子は、妹のフィアンセと同じ部隊に従軍していたが、結婚式前夜に屋敷の門前でフィアンセを射殺した挙句逃亡し消息不明だった。


早くも第一章で、トマス・サトペンの息子ヘンリー・サトペンが、友人チャールズ・ボンを殺害したことが語られる。


64歳のミス・コールドフィールドは43年(南北戦争が終わった1866年から現在の1909年まで),激しい憤りと憎しみを持ち続けている。


第一章ではチャールズ・ボン殺害の動機、ローザ・コールドフィールドの激しい憤りの原因は示されておらず、読者は先を読みたくなる。

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▶︎トマス・サトペンの「構想」から始まる血族の悲劇

「無垢」だった貧しい白人(プア・ホワイト)移民の子サトペンは、白人の農園の召使いの黒人に屈辱的扱いを受ける。それを契機に金持ちになり一族に(跡継ぎとなる男子に)黒人の血の混ざることのないサトペン王国を築くという「構想」を抱くようになる。


▶︎悲劇の異母兄弟

サトペンの「構想」に反し、ハイチで結婚した最初の妻ユーレリア・ボンには黒人の血が混ざっていた。そのことは生まれた子どもを見て気づいた。彼は離婚し、成り上がっていく。ミシシッピの荘園「サトペン百マイル領地」を建設、エレンと結婚しヘンリーとジュディスが生まれる。


そしてヘンリーはミシシッピ大学で8歳年上のチャールズ・ボンと知り合い友人となり、妹のジュディスとボンは婚約する。だが、サトペンは、ボンが息子であると気づきジュディスとボンの結婚を禁止した。近親相姦になるからというよりサトペン一族に黒人の血が混ざるのを忌避したかららしい。


南北戦争1861年〜1865年)が始まると、トマス・サトペンは南軍ミシシッピ歩兵連隊に大佐として、ヘンリーとボンは兵卒(学徒隊)として加わる。


生まれてすぐサトペンに捨てられたボンだが父に自分を息子としてひと言でもよいから声をかけてほしい、眼差しを向けてほしいという気持ちを強く持っていた。しかしボンの存在そのものをなかったことにしたいサトペンは、ボンを冷酷に拒絶し、ボンは絶望する。


1865年戦争が終結すると「サトペン百マイル領地」の門前で、父サトペンの意を汲んでヘンリーはボンを射殺する。

 

▶︎ローザの43年間の憤りの理由とサトペンの死

チャールズ・ボン殺害事件後ヘンリーは出奔してしまう。翌年トマス・サトペンは、死んだ妻エレンの妹であるローザ・コールドフィールドに結婚を申し込み、ローザも一旦はそれを受け入れる。しかし、60歳になるサトペンは、何とか跡継ぎを作らなければ焦ったのだろう、交わって息子が産まれたら結婚するとローザに要求する。ローザは侮辱されたと憤り、婚約は破棄される。

サトペンは今度は領地内に住むプア・ホワイトのウオッシュ・ジョーンズの孫娘ミリーに近づき、3年後子どもが産まれた。しかし産まれたのは女児だったためサトペンはミリーに暴言を吐き、それに怒ったウオッシュ・ジョーンズに大鎌で斬殺される。ウオッシュ・ジョーンズも保安官に撃たれて死ぬ。

 

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▶︎上書き更新されるストーリー

今日の『カムカム‥』最終回では悲しいエピソードがハッピーなものに上書き更新され,視聴者はその脚本・演出に歓喜した。『アブサロム‥』においてもストーリーの後半は、クウェンティン・コンプソン3世とそのハーヴァード大学の友人であるシュリーブによって過去が再考され上書き更新され、より明瞭なストーリーが展開される。

 


▶︎血族の終焉;最後はゴシック風幻想的な展開

私の読んだ中では同じアメリカ文学のポーの『アッシャー家の崩壊』や、カポーティの『遠い声、遠い部屋』を彷彿とさせるようなゴシック風雰囲気を『アブサロム‥』は醸し出している。

 

最後はサトペンと黒人奴隷との間の娘クライティが邸宅に火を付けて匿っていたヘンリーと心中する。

トマス・サトペンの混血忌避構想が裏目に出て、登場人物はほぼ全員非業の死を遂げた。

 

あえて日本でいうならば、因習に縛られた土地にどこからか現れた男が支配的な当主となった本家と、対立する分家があり、近親相姦的殺人事件が起きるという筋立ては溝口正史のようである。


また、これは私の感覚だが、ゴシック風幻想的雰囲気は、霊的存在が登場して過去を回想する形で物語が展開する「夢幻能」が思い起こされた。

 

 

 


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